『古代史逍遥』dropout

古代史についてのホームページを運営しています。このブログでは、HPに載せられない事柄や、ちょっとした感想などを自由気ままに書いています。もしかするとその中に、真実が隠されているかもしれません(^J^)

船橋市飯山満にて…ゆるぎ地蔵、弁才天、八幡、曼荼羅池 Ⅰ

船橋市飯山満駅に近い

ゆるぎ地蔵八幡神社弁才天を訪ねました。

実は、ここは数年来ずっと気になっていたのです。

以前、飯山満に近い芝山という所に

15年ほど住んでいました。

まだ飯山満駅など無かった時代です。

ゆるぎ地蔵は、船橋市の指定文化財なので、

古びてはいるけれど、頑丈そうな建屋の中に安置され、

説明の立て札なんかも設置されて

いた…と思います。

問題は、そこから更に狭い石段を登った所にある

いたく古びた祠でした。

神社であることはわかりましたが、

その光景は異様でした。

小さい祠にしては大きめの

随神像がありましたが、

向って右側の像は、御顔の部分がすっぽりと取れて

空洞になっていたのです。

その頃は、神社や神像などには

全く詳しくなかったので、

古びた祠にも、よく見ると社号の書かれた棟札が

あるのではないかとか、その他諸々、

よく見ることもなく、

何やら恐ろし気な古い神社と思い、

しかし、前述のような状況ですから、

当然強烈な印象だけが残ったのです。

しかし、不思議なことに不気味な感じは

受けませんでした。

更に、ゆるぎ地蔵の正面に小さい窪地があり、

そこにも古い祠がありました。

これも何かわかりませんでしたが、

絵馬が一つ。

蛇と祈りを捧げる女の人が描かれた

絵馬があったのです。

これもまた、非常に印象的でした。

さて、そこから南の方へ伸びる道を行くと、

飯山満緑地公園

東船橋駅から自転車で自宅へ帰るのに、

わざとこっちを回って、公園内を通り抜けたものです。

初夏の頃には、花菖蒲が咲いて提灯などが下げられて

なかなか風情があったのを憶えています。

公園の丸池は、

勝手に曼荼羅池”と呼んでいました。

 

おっと、すっかり思い出話になってしまいました。

こんなわけで、この辺一帯は、

自分にとって何か特別な場所となって、

ずっと心の奥にありましたが、

数年前から古代史の研究を始めて、

色々調べているうちに、

もしかすると、ここは重要地点なのではないか

思うようになったわけです。

これは、近々訪ねて見なければ!

でも、あの古びた祠たちは、

すでに朽ち果ててしまったのではないか?

しかし、調べてみると、ここを訪ねた方の

ブログ記事が見つかって、

朽ち果てるどころか、

ゆるぎ地蔵の堂宇も新調された様子。

更には、あの不明の神社も、

随神像もあのままにちゃんとあり、

八幡神社だということもわかりました。

こういう情報が入ることに関しては、

ありがたい時代となりましたね(^-^)

窪地の社も、あれは弁天様で、

やはり周囲も、以前より整備されたようだと

知りました。

 

長くなってしまったので、

いよいよの探訪記は次回へ…

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ゆるぎ地蔵周辺全景(2017年9月現在)

左下が弁才天の祠、右の手の竹藪の向こうに八幡神社があります。

 

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