『古代史逍遥』dropout

古代史についてのホームページを運営しています。このブログでは、HPに載せられない事柄や、ちょっとした感想などを自由気ままに書いています。もしかするとその中に、真実が隠されているかもしれません(^J^)

大神神社摂社・狭井神社

f:id:hikona2:20190318015655j:plain

  狭井神社拝殿

 

f:id:hikona2:20190318015852j:plain

  大神神社から狭井神社への道


大神神社から山辺の道を北へ進むと

摂社の狭井神社があります。

山辺の道もここまでは、

大神神社の境内と言ってもよい道です。

 

正式名は狭井坐大神荒魂(さいにますおおみわあらみたま)神社で、

主祭神は「大神荒魂神」。

そしてその本源は拝殿左奥の霊泉で、

飲めばあらゆる病も癒えるという…。

〝万物(よろずもの)の病もたちどころに祓い清め…〟

龍神祝詞の一節が思い浮かぶ。

 

f:id:hikona2:20190318020306j:plain

 御霊泉汲み場

 

そして、4月には鎮花祭が行われることから

別名「花鎮社」とも言われますが、

その意味は、

花の季節に厄神が疫厄をばらまくので

それを鎮めるための祭礼です。

ここは心身に降りかかる厄病を祓うことを

祈願するお社なのです。

大神神社も医薬の神とされる大己貴神少彦名神を配神として

御神徳を同じくしています。

 

狭井神社のその他の御祭神は

大物主大神、姫蹈鞴五十鈴姫命、勢夜陀多良比売事代主命

大物主神を中心とする所謂三輪系神話の面々ですね。

おそらく、この霊泉を守っていたのが

出雲を出自とする姫蹈鞴五十鈴姫命の一族で、

彼らは薬草等の知識も豊富であった…。

神武天皇はその一族との提携を計り、

姫蹈鞴五十鈴姫命を后妃に迎えました。

彼らの医療技術、古くからこの地を治めていたという

堅牢な基盤が是非とも必要だったのです。

そんな古代の風景も

思い浮かべることの出来る狭井神社なのであります  (^^)d

 

狭井神社の拝殿横に三輪山への登拝口があります。

300円をお納めして、襷と杖をお借りして入山します。

一度登拝させて頂き、毎年一回は登りたい!

と思ったものの、なかなか難しいです。(´・ω・`)

機会を見つけてまた登りたいと思います。

 

f:id:hikona2:20190318020713j:plain

狭井神社を過ぎると、山の辺道は道幅も狭まり、

玄賓庵や檜原神社へ向かいます。

 

 

古代史に関するホームページを作成中です。

こちらもご覧下さい。

iniparu.jimdo.com