『古代史逍遥』dropout

古代史についてのホームページを運営しています。このブログでは、HPに載せられない事柄や、ちょっとした感想などを自由気ままに書いています。もしかするとその中に、真実が隠されているかもしれません(^J^)

風神を訪ねて⑬ 香取神宮境外末社·龍田神社

前回の投稿から

だいぶ経ってしまいました(⁠+⁠_⁠+⁠)

それなのに

こんな内容ですみません。

前回の龍田神社

付録のようなものです。

(付録なら続けてサッサッと

投稿せいや!!

と言われそうだが…)

 

龍田神社の境内自体が

公園になっているのですが、

その一画に

インパクト絶大の

こんな石仏様が

いらっしゃったので…

 

 

 

これは

記事に載せずに

いられますまい??

頭部が落ちてしまって

補修したのでしょうが、

これは凄い!

の一言です。

昔のウルトラマン

こんな星人が

出てきたような…

 

 でも気持ちは伝わってくる…

こんな石仏も

嫌いではない。

いや、

むしろ好き (^^♪

 

 

☆少し前、Instagram

京都の化粧地蔵尊シリーズを

投稿しました。

そちらも

稚拙さ故に

なんとも味のある

石仏たち。

この龍田神社

ウルトラ星人的石仏たちと

なんとなく

同じ匂いを

感じます。

よろしかったら

ご覧下さい。

アカウントは

hikona2 です。

 

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と言っても久しく

更新していません。

すみません m(__)m

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風神を訪ねて ⑫ 香取神宮境外末社・龍田神社(千葉県香取市)

hikona2.hatenablog.com

 

風神探訪記

だいぶ間が空いてしまいました

m( __ __ )m

 

 

今回は香取神宮境外末社

龍田神社です。

神社名から、

奈良県三郷町

龍田大社からの

勧請と

予想が付きます。

香取神宮関係の資料を

漁れば、詳細がわかったり

するんでしょうが、そこまでやってません。

怠け者です。すいません  (*_ _))

 

龍田神社

利根川に近い香取市津宮に

鎮座しています。

境内は公園になっていて、

公園入り口に

石製と朱塗りの鳥居

2基が立つ

ちよっと変わった景観。

全部で3基ある鳥居の型は

鹿島鳥居です。

香取神宮鹿島神宮

密接な関係があるので、

香取神宮関係の鳥居にも

鹿島タイプの鳥居が

多く見られます。

 

さて、

風神様のお宮はと言うと、

小さな石宮であります。

向かって左から

級長津彦命

倉稲魂神

級長戸女命の

お宮が並びます。

この一画が

龍田神社

中心ですね。

 

その他境内には、

渕生稲荷社と御霊社。

渕生稲荷神社は

石宮ではなく、

小ぶりながら

木製の社殿があります。

 

しかし、

設置された案内板によると、

ここの主体は

やはり

風神様のようですね。

稲荷神社は

元は利根川べりにあったもの。

御霊社はJR香取駅近くに

あったものが

後から合祀された物のようです。

 渕生稲荷神社

 

  御霊社

 

主体の風神様が何故

地味な石宮〜?

と思いましたが、

まあそれは置いといて、

お宮の前面に立てられた

小さな鳥居に

注目です。

このような

金属の小さな鳥居は

近隣の佐原駅近くの

諏訪神社でも見られました。

この辺りの

習慣なのでしょうか?

(画像は数年前のものです。

これらの鳥居。今は無かったりしたらごめんなさい)

 

「風神様公園」

マップにはこのように出ますが、

この近くには、

宮古墳群というのも

あるようです。

この日は

そこまで行きませんでした。

車で来てしまったので、

長く駐車出来る場所が

無かったのです。

いずれ

電車で行ってみようと思います。

最寄り駅は

JR成田線及び鹿島線

香取駅です。

 香取駅

  香取神宮を意識した

  雅な作り。

 

さて、ここで何故風神さま巡りを

しているのかを

確認のため

改めて書いときます。

自分でも分からなくなって

しまわないように…

(さすがにそれは無いか( ˙³˙ ))

 

風神様めぐりの

動機は

私の産土神

風神様だとわかったからです。

数年前のことです。

自力で見つけました。

思い込みだろうと

言う人もいるかもしれません。

しかし、やはり

人間というものは

第三の目(もしくは第六感)

というのが存在する!

それは

非科学的なものでなく、

ユング心理学で言うところの

無意識の領域に関わる

と私は思います。

無意識の領域を

奥深くに降りていくと

自分と他者、

自分とその取り巻く世界との

境界が失われ

時空をも超えます。

そこに容易く到達できる人が

予知能力者とか

霊能者と

言われれたり

するんだろうな。

しかし、

ごく一般の者でも

時にそういう

状態になることが

あるのではないでしょうか?

「虫の知らせ」

のような事は

多くの人が

経験していると

思います。

 

まあとにかくですね、

ある時私の第三の目が開き

産土神が分かって、

そこの御祭神が

風神様だったわけです。

産土神探しの顛末は

10回くらい前の回で

書いていますので、

読みたかったら読んでくれ(・ω・)ノ

 

hikona2.hatenablog.com

 

 

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風神を訪ねて⑪ 島穴神社(千葉県市原市)

前回、前々回と

紹介した島穴神社ですが、

実は元は別の場所にありました。

 

それは、

今の鎮座地の

北方およそ100mの

畑の中にあり、

二つの社地の間を

JR内房線が走ります。

原社地には

碑が立っており、

Googleマップにも

表示されますよ。

 

もちろんそこにも

行ってみました (*^^)v

 

 

島穴神社の鎮座地の

伝承として

次のようなものがあります。

 

~林の中に深い穴があり、

そこから常に涼しい風が

吹いていたため、

風の神が坐す所とされた。~

 

神社名の

「島穴」も

それが由来とされ、

鎮座地の地名「島野」も

その転訛だと言われます。

 

また、

その風の吹き出していた穴は、

古墳の石室ではないかという

説もあり、

姉崎古墳群など

古墳群が多くあるこの土地なら

おおいにあり得ます (^^)/

 

しかし

ご覧の通り

旧社地の周りは

草が生い茂り

詳細を確認することが

出来ませんでした。 

特にそういう時期だったのかも

しれません (>_<)

  竹を立てて

  注連縄を張ったような

  跡がありました。

  そいえば

  この少し前に

  大型台風が到来!

  草が茂っているうえに、

  荒れ気味なのは

  そのためでしょう。

  しかし、

  台風の後の風神のお宮というのも

  また乙なものではないか ('◇')ゞ

 

 

石碑の後ろ

木が茂っている辺り

心持ち盛り上がっているようにも

見える…

もしかしたら

古墳なのだろうか?

しかしながら現在

穴は確認できないとのこと。

古墳関連の品が

見つかったという話もなく、

謎に包まれている

島穴神社の原社地でありました…。

 

  原社地全景

 

 電車が来たので

 慌てて撮影するも

 失敗…。

 

 

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風神を訪ねて ⑩ 島穴神社 (千葉県市原市)



前回、次は島穴神社の

一の鳥居周辺を

紹介しますと

書きながら、

相当な時間が

経ってしまいました

m(_ _)m

 

参拝を終え、

赤く塗られた島穴神橋の

所まで行くと、

その先へ続く道が

あり、

行ってみると

一の鳥居がありました。

綺麗な立派な鳥居ですが、

目の前を

建設中の道路が遮り、

大変不思議な周辺状況と

なっておりました。

「おりました」というのは、

これは数年前に参拝した記録

でありまして、

現在、この道路は一部が開通し、

この辺りは完成している模様。

どんな感じになっているのだろうか?

最新の情報が無くて

申し訳ありません

m(*_ _)m

今年は是非

再訪したいものです。

※新しい道路とは

千葉市から木更津市を結ぶ

通称「平成通り」



因みに、この新しい道路は

現在姉埼神社の近くまでが

完成して、

2つの風神様の社が

一直線に結ばれたことに

なります!

めでたし!!

 

以前は、祭礼時、

島穴神社から姉埼神社の

両社間で

神輿の渡御が

あったのに、

だいぶ長いこと

中断しているとのこと。

この道路の開通をきっかけに

再開する可能性も

ありとか…

そんな記事をどこかで

読んだ気がする。

再開するといいですね!

(^-^)V

 

前回書いた姉埼神社の伝承。

級長津彦がなかなか

来ないので、

「待つのは嫌い!」

と言って、

「松が嫌い」

ということになった逸話を

お持ちの

姉埼神社の

級長戸辺姉さんであります。

今回の件でも

長らく待ってしまいましたね。

とりあえず、

両社を結ぶ道路が出来て

良かったです♡

神輿の渡御も、

ぜひ再開して欲しい。

(^o^)o

 

  一の鳥居から坂を上っていくと

  島穴神橋が見えてくる。

 

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風神を訪ねて ⑨ 島穴神社(千葉県市原市)

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前回まで、

千葉県市原市にある

姉埼神社について書きました。

それならば、

必ずこちらにも

言及しなければなりません (⌒^⌒)b

 

同じく市原市にある

島穴神社です。

こちらの主祭神

級長津彦命

言わずもがな、

姉埼神社の級長戸辺命

対になる風の神様です。

 

両御祭神は

一緒に祀られることも多いですが、

こちらでは

島穴神社に男神級長津彦命

姉埼神社に女神の級長戸辺命

別々にお祀りされています。

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  光って見づらくてすみません (´・・`)

  おっと!

  案内板の御祭神の表記は

  古事記流に

  志那都比古尊と

        なっていますね。

  最初に級長津彦命

  書いてしまったので、

  以下もそれで統一

  させていただきます。

  悪しからず m(__)m

 

 

市原の風神様たちには

面白い伝承も

いくつか伝わっています。

 

その1

級長津彦命が弟、

級長戸辺命が姉であり、

この地に鎮座する時に

姉の級長戸辺命

先に来たので、

「姉が先」というのが

「姉崎」の地名の

起源になった。

 

その2

姉埼神社の級長戸辺命

松がお嫌い!

何故かと言うと、

夫(弟説もあり)の

級長津彦命が、

出かけたきり

なかなか戻らないので

「待つのは嫌いっ!」と

言ったので、

「待つが嫌い」→「松が嫌い」

となり、

そのために

姉埼神社の境内には

松が無く、

氏子の方々は

お正月の門松にも

松を用いず

榊を用いるのだそうです。

門榊?と言うべきか…

 

姉と弟だったり

夫婦だったりと

関係性は一定しませんが、

どちらにしても、

男神級長津彦命

来るのが遅いとか、

フラフラしてて

なかなか戻らないとか、

そんな奴です。

(奴だって。失礼  m(_ _)m)

そもそも風神ですからね、

あちこち飛び回ってるんですね。

それで、

突然ふらっと帰ってくる。

そんな人いましたよね!

そう、

あのフーテンの寅さん!

フーテンは

風天ですからね。

ま   仕方ないのかな?

 

因みに、

古事記では

級長戸辺命

登場せず、

風神として生まれ出たのは

級長津彦命のみで、

別名として

級長戸辺命の名が

上がっているのみ。

元々は

1柱の風神だったものが、

伝統的な

男女対の形に整えられて、

女神の級長戸辺命

誕生したのでしょうか?

ここでも

風神様の関係性は

まことに謎に満ちています (*Ü*)

 

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 とりあえず、

 島穴神橋を

 渡って行くような順番で

 画像を載せましたが、

 島穴神社の構造は

 少々複雑です。

 まず、

 車で行った場合は

 社務所脇に駐車場があり、

 橋を渡らないで、

 境内に行けてしまいます。

 また、

 画像の白い鳥居は

 二の鳥居で

 一の鳥居は

 橋を挟んだ向こうに

 あります。

 (一の鳥居周辺については

   次回に紹介致します。)

 
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島穴神社

所在地=千葉県市原市島野1129

最寄駅=内房線五井駅

    バスにて約10分

    前川橋下車

    徒歩約8分

車=駐車場あり

  社務所脇に数台分

  ただし

  駐車場への道が狭く

  ガードレールも無く

  周囲の畑より

  一段高くなった道なので

  要注意です!!

  対向車が来て、

  やむを得ずバックする時

  うっかりすると

  畑に落ちます ( ゚Д゚)

  ※但し二年前くらいの

   情報です。

   ガードレールくらい

   出来ていると

   いいなあ。

 

 

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風神を訪ねて ⑧ 姉埼神社(千葉県市原市)

姉埼神社内の古墳の紹介の

続きです。

境内の小古墳とは別に、

隣接して

釈迦山古墳があります。

全長約93mの前方後円墳

 

場所が少々わかりづらいので、

説明致します。

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Googleマップのスクショです。

オレンジ丸印が姉埼神社山門付近。

🅿は神社の駐車場です。

黄色丸印が古墳入口。

 

地図で見ると、

神社と地続きで

境内から行けるように

見えるのですが、

行けません!!

 

古墳へ行くには

東側の入口である

山門を出ます。

少し進むと

右手に入る道があるので、

そこを進みます。

すると

企業の敷地らしい空き地に

突き当たり、

その右手の民家の脇に

山へ入るような細道が

あります。

「古墳入口」のような

案内板があったような

無かったような…

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古墳への入口

 

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道の突き当りから

姉ヶ崎の工業地帯が見えます。

 



さて、

そこを進むと

古墳の全貌

または

一部を見ることが出来る場所に

行き着く…のだと

思っていました。

が、しかし‼️

それはとんだ間違えで、

実はその道に入った時から

古墳の墳丘を

登っていたのでありました  (*Ü*)

 

古墳上は

草木が生い茂り、

それをかき分けて

他よりも

急な勾配を登ると

そこがすでに

墳頂のようでした。

なので、

全貌を望む写真を

撮れるはずも無く、

そういった画像は

無しです。

 

麓に

姉埼神社宮司家代々の

墓所があり、

ただならぬ雰囲気を

醸しております。

宮司家は

古代上海上(かみつうなかみ)国造から

現代まで連綿と続く一族。

千何百年の

気の遠くなるような年月に

思いを馳せると

感慨深いものがあります。

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釈迦山古墳は

古代から現代まで続く

神聖な場所なのでした。

わざと整備せずに

全貌をわからなく

しているのかも

しれません  (⌒^⌒)b

 

でも、知らずに

登ってしまったよね… 

 (o_o)

いっそのこと

墓域の辺りから上は

立ち入り禁止にして、

「この先○mで墳頂になります。

ここからは立ち入り禁止です」

とか書いておいてくれると

良かったなぁ…と思ったり   (∵`)

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海上墓所付近の樹叢

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古墳入口付近からの眺め。

山林にしか見えないが、

古墳とわかれば

古墳に見える (^^)/

 

 

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風神を訪ねて ⑦  姉﨑神社(千葉県市原市)

さて、前回境内の古墳を

紹介すると言ってから

3ヶ月も経ってしまいました  ( .. )

 

その間に姉崎古墳群の中の

珍しい古墳が

ニュースに上がったので、

紹介しておきます。

海保大塚古墳です。

以下2枚は、

先日の千葉県日報の記事の

スクショですが…。


 f:id:hikona2:20211206225900j:image   


f:id:hikona2:20211206230008j:image

記事によれば

古墳は

六角形2段に円丘が乗り

その上に方形3段が築かれるという

特異な形状。

しかも、築造時期は

推定4世紀だと言う。

な なに!

そんなのがあるわけない!‼

と驚きましたが、

やはりそんなのあるわけなく、

特殊な墳形は

近世の改変だそうです。

ああ ビックリした 

Σ(゚Д゚)

 

地元では出羽三山

信仰の場として

使用されているそうで、

形状との関連性が

推測されているようです。

今後の調査が待たれますね。

(^^♪

 

さて、では本題の

姉埼神社境内の古墳を

ご紹介 (^^)/

 

①御社古墳(宮山古墳)

  円墳・直径21X高さ2.5 

神社の

東の入り口である山門を

潜るとすぐ左手にある小山が

御社古墳です。

頂上には

大山祇神社

鎮座しています。

 

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②御社2号墳(白浪塚)

   円墳・直径18X高さ1,5

南側の入り口の

石段を上り

二の鳥居を潜ると

左手に御嶽山の鳥居が

ありますが、

その奥の小山が

御社2号墳です。

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③御社3号墳(浅間塚)

   円墳・直径10.5X高さ3

社殿の向かって左側に

富士塚がありますが、

これが御社2号墳!

墳丘を利用して

富士塚にしたのです。

頂上には

当然ながら、

浅間神社が鎮座です。

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これらの三つの古墳は

小円墳ですが、

姉埼神社の

最も重要な古墳が

釈迦山古墳!

境内にあるというべきか

隣接しているというべきか…

全長約93mの

大型古墳の部類に入る

前方後円墳

ラスボスであります。

しかし、長くなりました。

釈迦山古墳については次回

 

 

 

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