産土神探し ⑤ 田無神社
拝殿・2019年5月の撮影
谷戸の尉殿神社、
現在の鎮座地の住所は
西東京市住吉町ですが、
そこから勧請されたのが、
田無神社です。
田無神社という呼称は
明治になってからのもので、
それ以前は
尉殿大権現と呼ばれていました。
今でも授与品を入れてくれる袋や
境内の由緒書きには
尉殿大権現と書かれています (^J^)
なので、尉殿神社と田無神社は
ふたつでひとつと言えます。
ということは、
「私の産土神は?」と言った場合、
どちらかではなく、
その両方である…というのが
正しいのかもしれません。
田無神社には尉殿神社を参拝した後に
伺いましたが、とても楽しい所でした!
楽しい…と言っていいのかどうか
( ̄∀ ̄)
とにかく、歴史ある風格に加えて
時代の要素を取り入れた
まさに現代に生きている神社!
そんな感じです。
さもありなん!
神社自らが
「開かれた神社」と銘打っているのでした!
古色蒼然とした神域も好みですが、
こういう柔軟に時流に乗って、
それが伝統の重みを邪魔しない程度に
バランスが取れている…
そんな寺社も
私はすごく好きなのです。
(このバランスが取れている…
というのが大事 ( ‘-^ )b
中には、ウケを狙ってか
極端に今風を取り入れて
なんだかなぁという所も
ありますよね)
やっぱり産土神だわぁ!
…とまず思いました。
境内を巡っているうちに
数々の驚くべき事象
例えば、今こうしているのは
ここの縁なのか!!
と思わせる物が出て来て
面白かったのですが、
それは次回に回して、
ここでは境内の様子、
中でも「開かれた神社」らしい箇所を
見て貰おうと思います \(^o^)/
この地域の歴史を物語る用水路のあった場所に
池が作られていました。
田無用水は時には暗渠となって
今も市内を流れています。
この池はビオトープにもなっているとのこと。
時代にマッチした「インスタ映え」用パネル
(^◇^)
ここにも今の時代が反映されています。
レンジャーものとコラボ
しかし、その反面本殿は
素晴らしい彫刻の施された
有形文化財である
(間近で見ることはできませんが…)
御神木のイチョウも素晴らしい!
街中の神社ですが、
境内にはこの他にも
太い幹の立派な木が
いくつもありました。
さて、谷戸町の尉殿神社から勧請され
明治時代の神仏分離で
また大きな変化があった田無神社の
諸事情は複雑です。
次回、それらをまとめてみようと思います (^^)/
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